思い立って、ちょうど1年ぶりに旅らしい旅に出かけてきました。行き先はポルトガル領アゾレス諸島。首都リスボンから北大西洋上に飛行機で2時間ほど、人が住む9つの島とその他の岩礁からなる火山群島です。噴火でできた丘陵やカルデラ、盆地や湖など変化に富んだ地形が興味深く、ヨーロッパ旅行中の友人Sがアゾレス諸島に滞在している時期を狙って、これ幸いとばかりに一緒に旅行してきました。
上陸したのはサン・ミゲル島とピコ島。
サン・ミゲル島は9つの島の中では面積最大(759.41平方km)、人口も最大(約15万人)の島です。ヨーロッパ各国のみならず、北大西洋の対岸のアメリカ東海岸からも空の便があり、アゾレス諸島の拠点となっています。
アゾレス諸島がヨーロッパ人に最初に発見されたのは西暦1427年、群島の全体像が知られるようになったのは15世紀の中頃のこと。しかし、北大西洋の真ん中、北米大陸からも欧州からも離れた場所にありながら、覇権を争う各国の世界史の波から無縁でいることはできず、16世紀から17世紀にかけてはカスティーリャ王国(後のスペイン王国の中核)の部隊が駐留し、英国やマグレブ(北部アフリカのアラブ文化圏)の勢力などと対峙していたとのことです。
すでに15世紀には小麦の生産が始まり、一時はヨーロッパ本土への一大供給地となっていましたが疫病で壊滅、大青(植物染料)、オレンジ、とうもろこし、茶葉、ブドウ、パイナップルなどの生産に移り変わっていきました。それが19世紀にはまたオレンジ、ブドウが疫病でやられたそうで、現在は観光業の他は牧畜、林業、漁業が盛んなように見えました。
林業で植林されているのは日本原産の杉。その他にも日本原産のアジサイがサン・ミゲル島中で見られ、日本から遠く離れているのにどこか既視感のある景観が広がっていました。しかし島の中部にはアゾレス原産種の植物で覆われた森が保護されており、巨大なシダ類や奇妙な枝ぶりの大木が繁茂して、映画ジュラシックパークのセットのような姿を見せています。
火山島で、人が住み始めてからも何度となく噴火を繰り返し、狭い範囲内でも異なる成分の溶岩が分布しているので、吹き出す温泉も泉質が多様だそうで、こんな茶色い温水プールもありました。
サン・ミゲル島からさらに飛行機で小一時間。富士山にも似た孤立峰の火山・ピコ山が印象的なピコ島です。ピコ山はポルトガル共和国の最高峰で標高2351m、日本人が移住していたいたら必ずや「アゾレス富士」と名付けたに違いない姿です。
山麓には火山岩を組んだ壁にブドウの木を這わせる独自な形態のブドウ畑が広がり、その景観はUNESCO世界遺産に指定されています。ブドウ畑の溶岩壁は、一説によると地球2周分にもなると言われるそうですが、きっとまだ誰も正確には計った人はいなんじゃいないかと思いますよ。過去にはブドウの疫病が蔓延し、生産量が大きく減少したこともあったそうですが、国が補助金を出してブドウの生産を奨励し、新規のブドウ畑の開拓も進んでいました。
土が乏しいので、溶岩を積んだ壁に隣のファイアル島から持ち込んだ土を入れ、そこにブドウの苗を植えるそうです。黒い溶岩は陽の光を吸収して温かく、水はけもよいのでブドウの根もよく伸び、ワイン造りに好適な甘いブドウが収穫されて、ピコ島はワインの産地として有名です。糖度の高いブドウから造られるワインは甘口で、食前酒や食後のデザートワインとして楽しむのがよさそうです。
またこの島は捕鯨の島としても知られていました。1985年までマッコウクジラの捕獲と加工を行っており、当時の面影を残す工場や港湾施設が残っています。
ところがピコ島はきっぱりと宗旨替えをして1987年以降はホエールウォッチングの島として売り出し中。未だに捕鯨を続けている日本国民としては発言に注意を要するところです。
季節になればマッコウクジラだでなく各種のクジラが回遊してくるし、イルカは通年で島の周りにいて、時にはシロナガスクジラも島の近くに寄ってくるとのことでした。
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世界遺産にも登録される独自の美しい景観を誇るブドウ畑とピコ山。ホエールウォッチングやスキューバダイビングも楽しめ、ヨーロッパやアメリカからの観光客を数多く受け入れるアゾレス諸島ですが、ポルトガル本国の経済が芳しくないこともあり、経済はなかなか厳しいとの話もありました。生活の質(QoL)は高いと地元出身のガイドさんも言っていましたが、現金収入の口が少なく、出稼ぎに出る人も少なくないとの話でした。言われてみれば平日昼間からいい年頃の男女が何をするでもなく町中で遊んでおり、また一歩裏手に入れば日雇いの仕事を求めて寄せ場に集まっている男たちの姿があり、この世の楽園とはいかない現実も見え隠れします。
町は美しく、道路も人口に見合わないほどよく整備されているのですが、これも裏を返せば公共事業が隠れた主要産業であることの証左なのでしょう。職業訓練校や研修施設が目に付いたのも、働き口が少ないことの裏返しかもしれません。
どこか、日本の八重山諸島の暮らしを思わせる構造がありました。八重山諸島は石灰岩、アゾレス諸島は溶岩を使っていますが、島の景観も似たところがありますし。八重山が日本でありながら本土の暮らしとは違う独自の文化を持つように、アゾレス諸島にも欧州、ポルトガルでありながらそこともどこか違う、アゾレスとしての独自のアイデンティティがありました。
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機会あればぜひ、行く価値はある場所です。ヨーロッパ本土に比べれば物価も安く、シーフードを中心に食べ物もおいしいし。ただ正直、日本からは遠いです。日本からの観光客はどこでも珍しがられましたし、「地球の歩き方」でもアゾレス諸島全体で1ページ。なかなか思い切りがつかない場所ではありますね。
旅に出るのは、日常から離れてすごい景色を見たり、心地よい天気の下でのんびりしたいというのもありますけど、違う土地に違う暮らし、違う歴史があることを見ることも大事な要素だと思います。自分の暮らしを相対化するとでも言いましょうか。
仕事で海外出張もあったりして、旅に出るは腰が重くなりがちなんですけど、やっぱり、時には旅にも出ないといけないなあと実感するアゾレス諸島でした。